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私の物語 Ⅱ ー冥界下りという名の、孤独な内面探究ー

結婚生活の中で、誰かの黒子として、自分を認知、認識されない日々。

私のエネルギーは、全部夫や家庭の基盤のために使っていました。

それと同時並行して、自分だけの心の探求、というより、冥界下りという名の、自分の内面世界の探究をしていました。

でもそれは、光のささない場所で、ただひたすら手探りで進む、孤独な旅、探究でした。

なぜ、私は組織に向かないのか?数社会社で勤めましたが、どの会社でも、上司と折り合いが悪く、最初の会社ではマネジメント層に直訴。問題点を指摘。最初の会社でも次の会社でも、上司からのパワハラ、でもどうしても上に忖度して組織で生きることが難しい。私にとっては、色のないスーツも、ただ息苦しいだけで、女性性が息ができていないのを感じていました。

💄 カオナシの日々と、色のない世界での「女性性の開花」

専業主婦になって、社会の肩書きも失い、まるで、まるで映画『千と千尋の神隠し』の「カオナシ」みたいな気持ち。

でも、同時にファッションの縛りもない。日常の中で、色を使って自己表現を始めました。どうということのない繰り返しの日常でも、朝の気分で、テーマカラーと、表現したい色の配色を決め、纏っていきました。香り、メイクという、親のもとで世間軸で生きてた時には、全然探究できなかった、私の中のピュアな女性性(魚座の金星)の表現でした。メイクの色味、服装、香りを自分の中で表現する、日常の中で、誰がみていなくても、私の表現を続けていました。

📡 エンパス・HSPという「微細なエネルギー」との格闘

それから、組織で、なぜあんなに他人が気にならないような、微細なエネルギーまでキャッチして疲れ切っていたのか?まず、私は、自分が「エンパス(共感体質)」であり、「HSP(非常に繊細な人)」であるということに全く気づいていませんでした。

当時は、これらのコンセプト自体が、まだなく、「内向的=悪」「組織適応=勝利」のような空気の中で、全く自分の特性とは真反対のことをやっていました。

その後、エンパスって何、もしかして、そうなのかな?と本やブログを読み進め、いや、絶対っていうかかなりのエンパスなのでは?と気づきました。自分が、気のせいでしょ、と流していたことたちに気づいていくにつれ、自分が他人の感情をいかに瞬時にもらっているか、巻き込まれているか、主語がないままそれらの感情と一体になっているか、に気づいてきました。

それらを総合して、私は、組織はどうも向かないらしい。何かするとしても、ソロ活じゃないと無理だな、と思いました。(この衝動は、後々占星術を学んだ時、私のアイデンティティと子どもの意識を表す、太陽も月も12星座のトップバッター、開拓者精神の牡羊座にあるからなんだ、とわかりました。)

🩹 キローンの傷と、本当の自分を生きる勇気

ただ、まだ、何か行動するのが怖く、まだ自分の大切にしたいもの(占い、心の探究)が、世間や親、夫の価値観では全否定の範疇だったので、そこを突破する勇気がないまま、あげまんとして、役割の満足を得ようとしていました。

自分を主役にしてこなかったことで、ミッドライフで激烈に爆発しましたが、そこに至るまでの私は、本当の自分を生きることが、怖かった。

なぜかわからない、社会への根深い怖さがあり、今なら、これが私のホロスコープの社会の部屋に眠る『キローンの傷(社会的生きづらさのトラウマ)』の克服のプロセスだったのかな、と分かります。当時は、どうして、世に出たい気持ちがあるのに、社会が怖いんだろう。それが、どうしてもわからず、目の前の役割を果たすことで、言い訳をしていました。そこには喜びがあり、充実感も、そして望みもあったけれど、本当の自分を生きる勇気がまだなかった。そして、本当の自分を生きている歓びとは離れてしまっていました。

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