誰かを助けようとしたり
誰かに心を沿わせたり
誰かに認められたかったり
誰かの目や声が私に向くことでしか生きてることを感じれなかったり
寂しさを埋めることができなかったり
誰かの吐口になることで、自分の存在を感じていたり
そんなこと、もう遠いことだ。
誰か、が私を規定しない。
誰かの目の中に私は映っていない。
本当の私、は私の内奥にしかない。
それを、感じ取るのは、私。
なんのための五感なんだろう。
それは、私自身を感じるとるためだけのものだった。
世界を、掴む感覚。
この世界を、どう捉えて、感じるのか。
その全てが、私の切り取り方、感じ方、見方、私だけの斜度。
それを、ただ味わうためだけに生まれてきた。
ただ、私の内奥に降りていき、私が最も愛するものに没頭することで、対象と一体化する。
その時、私、という壁が消滅して、私と対象は一体化して、ただ満たされる。
愛を注ぎ、その中に自分も浸ることができる。
私は、誰かの目の中に映らない。
もうそれを探さない。
なぜなら、私はもう自分の目を通して、世界を見て、感じているから。